渡邊人事労務パートナー事務所便り24年3月号をお届けします。

社会保険労務士法人 渡邊人事労務パートナーズ 代表社会保険労務士 渡邊武夫

AIJ事件(年金資産が溶ける!)

◆AIJ事件とは
  AIJは日本の投資顧問会社です。投資顧問会社は、顧客の年金資産を運用する他、投資助言をする専門会社であり、いわば投資のプロフェッショナルです。厚生年金基金等の企業年金を持つ企業・団体は投資一任契約を締結すると投資顧問会社の裁量で資産運用されることとなります。すなわち、年金資産の増減は投資顧問会社の腕次第という恐ろしい話です。

 2012年2月24日の新聞報道で、AIJの運用する預託資産2043億円(現時点判明)の9割程度が消失していることが発表され大変な社会問題としてクローズアップされております。一企業が欠損をだすことと異なり、消失したのは企業・団体の従業員が拠出した年金ファンドであり、その影響が深刻で広い範囲に及ぶことは必定です。1800億円を上回る巨額資産が一体どこに消えたのかも不明であり現在調査中です。まさに年金資産が溶け出したといっても過言ではありません。

少なくとも現在判明していることは、AIJが「どんな経済環境でも安定して利益を上げる」ことを掲げ多くの顧客を欺き年金資産を詐取したことです。業務開始当初からすでに消失が始まっているとの報道もありますが、長い間偽りの高成績を提示して今日多くの犠牲者(運用委託者やファンド拠出者である従業員・年金受給者等)を出しております。 一流中の一流と言われるプロ投資会社でもマイナス運用となりかねない厳しい経済環境の経年推移の中で、同社の規模と経験で高運用することを疑問視することが正当と言えます。「この話ありえないぞ」と常識がはたらくか否かが天国と地獄の分かれ道だったといっても良いでしょう。そして年金運用でプロを配する賢明な大手企業や年金基金は虚偽の高運用実績に騙されずAIJへの投資一任契約を締結しませんでした。

 AIJと投資一任契約を締結していたのは94社ですが、このうち73社が厚生年金基金総合型(地域や同一業種の中小企業が集まって厚生年金基金を構成する)というのも、今回AIJ事件の特徴といえます。
厚生年金基金総合型は、多くの中小企業の寄り合い所帯の性格のため、@予定利回り5.5%を下げるに下げられず財務体質が脆弱(積み立て不足が解消できないので予定利回りを引き下げられない)、A参加企業の思惑が区々で保険料引き上げや給付減額の意見集約が困難、B運用経験不足等基金リスク管理体制が弱い、これら厳しい状況の中で、見せかけの高運用を提示され、AIJの提案に飛びついてしまったのではないかと推測されます。逆に言えばAIJは厚生年金基金総合型をターゲットにした営業を行っていたとも考えられます。

◆誤解を招くマスコミ報道
AIJを巡るマスコミ報道では、「年金が消える」「どうなる年金加入者・受給者」等AIJに関わってしまった会社の従業員・年金受給者の年金が無くなるかの如く言われますがこれは誤解を招きかねません。年金の受給権はあくまでも会社と従業員・年金受給者間の契約であり、就業規則や年金規定で確立された権利は本来揺るぎのないものです。運用の巧拙と年金支給は全く別物です。割り切って言えば、今回AIJにより減少した年金資産は会社が補償すれば済む話ですし、本来会社はいかなることがあっても企業年金を約定通り支払う必要があります。

しかしながら、AIJに委託した顧客の資産は、トップの富士電機の約98億円を始めとして委託各社が深刻な被害を被っており、中には北関東自動車整備厚生年金基金の様に、年金資産の48%(23億円)と半分近い年金資産を投入していたところもあります。この年金資産がほぼ回収不能と見込まれる中では個社責任では賄えない社会的な問題となるため、本事件の行政対応と今後の投資一任制度の見直しが検討されるところとなっております。

◆企業年金運用方法等の規制は現在ない
  このような事態に至る前に、法令で企業年金運用や投資顧問会社に対する規制ができなかったのかという疑問が出てくると思います。しかしながら、現在企業年金運用方法を詳細に規制するものはなく、また投資顧問会社を免許業である銀行と同じように綿密に監査することは行われておりません。

 かつて、企業年金の運用は長らく、5・3・3・2規制(国債等元本確保資産5割以上、株式資産3割以下、外貨建て資産3割以下、不動産2割以下)が継続しておりましたが、この規制が企業のハイリスクハイリターン享受を阻害し年金財政改善を阻害するとして1997年に完全に撤廃されております。
 また、投資顧問は2007年に認可制から登録制になり一定の実績があれば年金運用を行えることとなりました。

即ち企業年金は一貫して自由化の流れを歩んできたことになります。本事件が発生したことで、再び運用規制が行われることや投資顧問を認可制に戻す等の時代の逆行は行政としても採用しにくいことではないかと思われます。代替案として、投資顧問会社の情報開示や信託銀行の監視強化、運用専門家の配置等が検討されておりますが、今後の注視が必要です。

◆貴方が年金基金の責任者だったら
AIJへの投資一任契約を締結した各企業・団体では今大変な騒動になっていることでしょう。そして、特に年金基金の理事長や常務理事は、あたかも針の筵に座らされる思いで、年金加入企業や従業員から責任を追及されていると思います。

では、AIJへの投資一任契約を決定した年金基金の理事長等はどのような責任を負わなくてはならないのでしょうか。
年金基金の理事長等は年金資産の適正運用に関する受託者責任を有しております。受託者責任を果たしたか否かは、年金基金に対する、@忠実義務、A注意義務の観点から判断されます。これらの義務は厚生年金保険法やガイドラインに明記されており、AIJへ投資一任契約を決定したプロセスや手続きの適否により責任検証されることとなります。

理事長・常務理事の責任を追及する判例として、年金基金(総合型)の加入企業が、理事長・常務理事の不作為に対し損害賠償請求(債務不履行・不法行為)を起こした裁判がありますが、加入企業の訴えは門前払いの形で却下されております(日本紡績業基金事件、大阪地裁、平成10年6月17日)。即ち、年金基金理事長等と加入企業は委任関係にはなく債務不履行は発生しない(理事長等は基金とは委任関係にあるが、加入企業とは委任関係にない)。また、理事長等は国家賠償法の公務員に該当するため、賠償責任主体は国であり理事長等個人には不法行為責任は発生しないというものです。
この判決で示される様に、年金資産委託先が運用に失敗したからと言って、それだけで直ちに理事長・常務理事が個人資産をもって弁済する法的責任は発生しないこととなります。そうはいっても、やはり道義的責任追求はあると思われ、また、現職に留まることは認められることではないでしょう。

それにしても、今回事件の顧客層(投資一任契約企業)には幸不幸が分かれました。ライオンは本件発覚直前に約18億円の一任契約を解約しており神業的な見事さです。熊本県トラック運送厚生年金基金常務理事は、本年1月AIJ浅川社長自らの訪問を受け、まさに契約直前であり、今となっては冷や汗がでると報道されております。一方ある県の管工業厚生年金基金常務理事は、金融当局の監視が甘いから被害を受けたと憤っておりますが、金融の規制緩和・自由化・自己責任化の流れを承知していない発言であり、この様な方に常務理事をさせた基金の任命責任があると言わざるを得ません。

◆今後の処方箋
 このような事件が発生したからといって、事業主は従業員の年金規約の圧縮や年金受給者の給付減額に直ちに動くことは本来適切ではないと思われます。年金は会社を辞めた後の生活の拠り所となるものであり、安易な削減はできないものと言えます。

 しかしながら、本件の様に予想もしない巨額の年金資産消失のために現行年金制度が維持困難となり、また、年金制度を堅持させることで経営が存亡の危機に面したときには話は別になります。例えば、前出のAIJ預託額ワースト98億円の富士電機では年間連結純利益70億円(24年3月期予想)であり、本体企業で庇いきれない金額規模となっております。

 このため、AIJに投資一括契約を締結していた企業は、下記の考えられる処方箋を選択し、実施する必要に迫られます。いずれにしてもこれら処方箋は、経営母体・従業員・年金受給者の痛みを伴うものであり、厚生年金基金総合型では、1社の破綻が他の加入企業にも影響を及ぼす可能性もあります。

@ 従業員拠出年金保険料の引き上げ
A 年金規約の給付額の引き下げ
B 現行年金受給者の給付額引き下げ
C 年金管理体制の見直し

上記@、Aについては労働条件の不利益変更となるため、変更条件が企業年金各法令で厳しく定められております。
上記Bの既に受給している年金の減額については、受給権者への充分な説明と全体の3分の2の賛成を改定条件としております。報道によると、政府筋ではこの基準を下げて半分の賛成があれば支給額の減額を認めることを検討中とのことですが、これは憲法で定める財産権の侵害の虞があります。
 上記Cの年金管理体制の見直しについては、今後どの企業年金団体にも求められることです。多くの年金基金に社会保険庁OBが天下っていた現実があり、しかもAIJの顧問となった社会保険庁OBがかつてのOB仲間を勧誘したことが今回投資一任契約の契機となっていたとのことであり、見直しは必至と思われます。また、究極の処方箋では厚生年金基金解散・積立不足の穴埋め支援も検討されているようです。
  
 大企業の厚生年金基金であれば、一時的な負担を覚悟の上で代行返上したり、解散したりすることが2000年代の流れでした。一方、多くの中小企業では、一時的な脱退金が負担できず、厚生年金基金総合型から抜けるに抜けられない状態にあります。AIJはまさにこれらの苦境にある厚生年金基金総合型に取り入り、貴重な年金資産を費消したものといえます。今後の年金資産運用の体制や運用委託先選択に大きな警鐘を鳴らしております。

協会けんぽ保険料率の改定(引上げ)

雇用保険料率が4月給与引き去り分から変更(引下げ)になることを先月号でお伝えしましたが、全国健康保険協会(協会けんぽ)の保険料率も改定(引上げ)となりますのでご案内いたします。改定日以降の給与引き去りではご注意願います。

1.改定時期:平成24年3月(4月納付分)
2.協会けんぽ料率(単位:%)
  下記保険料分を会社と従業員で折半
区分 県 改定前 改定後

健康保険料

神奈川 9.49→9.98
東京 9.48→9.97
千葉 9.44→9.93
埼玉 9.45→9.94
介護保険料 一律 1.51→1.55
*介護保険料は40歳以上64歳が対象

3.標準報酬月額別に徴収すべき月額保険 料は、「協会けんぽ」「保険料額表」の言葉で検索すると都道府県別に表示されますのでご利用ください。

当事務所より一言

芥川賞の選考委員会後、選考委員である石原新太郎氏(東京都知事)が、また吠えました「俺は委員を辞めるよ!」。そして今度は本当に辞めました。

私は何度か、雑誌文藝春秋に掲載される芥川賞選考委員の候補作評定意見を読みましたが、石原新太郎氏はどの候補作に対しても滅多切りの悪評価でした。挙げ句の果ては、賞に推薦した選考委員のことを、あんな小説でたぶらかされる選考委員は碌でもないと切り捨て、その選考委員がやけ酒を飲んで二日酔いになったと本人が書いてあり、非常におもしろかった覚えがあります。

候補作家にとってみれば、懸命に言葉を紡いだ小説は、ある意味で我が子以上の存在でしょう。賞を貰おうと狙ったものなどありはしないし、貰おうと思って書いた作品はそれこそ碌でもないものでしょう。その様に命がけで書いた作品を何時もくそみそにこき下ろす石原新太郎氏に対し、おそらく候補者一同は相当ストレスが溜まっていたに違いありません。

その現れとして、今回の受賞者である田中慎弥さんが石原新太郎氏に対し「都知事閣下」と揶揄し、「おじいちゃん新党作りに邁進して頂いた方が宜しいのではないでしょうか」と述べたのには腹を抱えて笑いました。「おじいちゃん新党」は言い得て妙です。「おじいちゃん」と「新党」と本来接合できないものがきわめてリアリティーをもって表現されているからです。田中慎弥さんはこの一連のコメントを青白い不機嫌そうな表情で述べておりました。私はそれをこれまでの石原氏の選考委員としての言いたい放題に対するしっぺ返しと受け止めました。今回の一連の応報は大変面白いものがありました。

それにしても、田中慎弥さんの経歴では驚きました。39歳になるこれまで定職に就くことなくひたすら小説を書き続けたとされております。私は田中慎弥さんの書いたものをまだ読んでおりませんが、小説を書くことが人間を書くことならば、人生経歴・実体験を経ずして、崇高な人間からどうしようもない悪漢までの人間性を描ききることができることは驚愕です。

私が人事コンサルタントなどという重そうな肩書きを曲がりなりにも標榜できるのは、自分が組織の中で育ちサラリーマンの生理を充分知り、管理職として部下を悩みながら育成し、人事部で考課評定とは何かを模索策定し、最悪の事態では断腸の思いで社員の懲戒解雇処分を行った経験があればこそのことです。畳の上の水練のごとく本だけでは到底得られない実体験が頼みになっております。田中慎弥さんが本から全てを吸収して芥川賞を受賞できたとしたら、田中慎弥さんは本当の天才かもしれません。       

社会保険労務士法人 渡邊人事労務パートナーズ 代表社会保険労務士 渡邊武夫

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