渡邊人事労務パートナー事務所便り4月号をお届けします。

社会保険労務士法人 渡邊人事労務パートナーズ 代表社会保険労務士 渡邊武夫
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先月号ではAIJ事件(年金資産が溶ける!)を取り上げました。本事件に関連し最近の報道によれば、OBが受給中の企業年金減額を法的に容易にするために、受給者の半数以上の同意があれば減額可能とする方向とのことです(現在はOBの3分の2以上の同意が必要であり、より厳しい規制となっております)。

言うまでも無く、企業年金は本来永年勤労した結果としての老後のすがり処です。受給権の確定した老後の企業年金まで手を付けざるを得ない事態を引き起こしたAIJ社は実に罪作りな会社であると改めて思い知らされます。

今月号は、趣を変えて、セクハラ事件の怖さを思い知らされる裁判事例を取り上げました。

某音楽大学セクハラ事件(東京地裁判決)
◆当事者にしか分からない事実
 「絶対にしていません(音大准教授)」、「いや無理矢理させられました(教え子の女子音大生)」、この当事者の相反する主張に対し、裁判所は、女子音大生の主張に合理性があると判断しました(東京地裁平成23年7月28日判決)
 では、どのような行為有無が問われたのかというと、記載することが憚れますが、性行為であり、それが准教授の懲戒解雇の主な理由となっております。
 准教授は、教え子への性行為がセクハラであるとして、大学から懲戒解雇処分となりましたが、その処分が事実誤認に基づいているとして東京地裁に地位確認請求裁判を起こしました。
 大学の懲戒解雇理由として、@演奏旅行中の宿泊先で准教授は教え子をホテルに招き性行為に及んだこと、A後日、一緒に夕食後、ラブホテルに自家用車を止めて情交関係を迫った事、B家人のいない准教授の家でレッスン中に情交関係を迫ったこと等を挙げております。しかしながら、准教授はこの全てを否定しており、事実関係は当事者のみしか分かりません。しかしながら、裁判所は関係者の証言を総合し准教授の訴えを退け、懲戒解雇が妥当であると判決しました。

◆内柴セクハラ事件と異なる事件の性質
 昨年12月にアテネ・北京五輪柔道の金メダリスト内柴選手が教え子と性行為を行いセクハラ行為であるとして大学を懲戒解雇されたことは記憶に新しいところです。最後には、内柴選手は教え子を泥酔させた上での准強姦罪に問われ刑法犯となりました。
 本事件での教え子の供述では、「抵抗を続けることで、原告(准教授)に疎んじられ、卒業も叶わなくなるのではないかと不安になるとともに、次第に我慢したほうが良いかもしれないというあきらめの気持ちになり、原告のなすがままに、原告と性行為に及んだ」とされております。一件合意のように思われますが、実はこの供述にセクハラの本質が示されております。

◆本件は対価型セクハラ事件
 セクハラは対価型と環境型に分けることができますが、本事件は対価型(利益を与える対価として性的要求が行われる類型)に属します。教え子は准教授から日々指導を受け、卒業を目前としており、また、演奏会でのピアノ伴奏の機会を与えられ報酬を得ておりました。つまり指導・卒業・報酬という利益を得るためには、准教授の性行為要求を受けざるを得なかったということがはからずも供述で示されております。そして、准教授の自宅における性行為を拒絶したところ、准教授からピアノ技能に関する厳しい叱責と今後の仕事はないと思えと言われて大学にセクハラ事件として訴えたものです。逆に言えば対価の喪失がセクハラの顕在化となったといえます。

◆セクハラ事件の被害者
 セクハラ事件では、全ての関係者が不幸になります。まず、セクハラを受けた被害者は大きな心の傷を受けます。一方加害者自身も社会的な名誉と地位が一挙に喪失します。本件加害者である准教授は音楽(オペラ歌手)で生計を立てることは今後絶望的でしょう。懲戒解雇を受けたことで演奏会や教職は望み得ないこととなります。さらに痛ましいのは、加害者の家族でしょう。内柴選手にも、本件加害者にも、それぞれ妻と子供2人がおります。自分の夫或いは父親がセクハラ加害者であることの心の整理は付けがたいものがあると思われます。セクハラ事件を起こそうとして起こす人はいないと思います。ただし、それがセクハラ事件と判断されたときには被害者は言うまでも無く、本人や周辺の多くの人までが被害者になることを承知する必要があると思います。

当事務所より一言
東日本大震災から1年を迎え日経新聞春秋欄に掲載されていた記事が興味を引きました。

 東日本大震災発生現場で、ヤマト運輸の社員が会社に連絡が取れない中で、被災対応のため無断で会社の機材を使いただ働きをした、そして後でこれを聞いたヤマトの社長が涙を流して喜びヤマトの遺伝子が働いたと感激したというものです。

 就業規則作成を業としている社会保険労務士の立場では、会社の所有物を無断で使用した者に対しては就業規則で処罰規定を適用するよう必ず記載しており、私の職業柄特に目を引きました。処罰どころか社長を感涙させているのです。そしてこの現場の行為が、ヤマトの遺伝子がそうさせたと感じ入っているのです。そして私もヤマトの社員ならさもありなんと思います。

 日経「私の履歴書」に掲載されたヤマト運輸元社長小倉昌男氏の人生軌跡に私は感激しました。役員会全員の猛反対にも拘わらず現在の宅急便を開始し今日の盛業をもたらしたこと、許認可権を盾に規制緩和を妨害する運輸省(当時)に行政訴訟で立ち向かったこと、運賃値下げやチケット購入など理不尽な要求を繰り返す大口顧客三越岡田茂社長(当時)に敢然と取引停止を通告したこと、障害者がノーマルな人間と同じように働ける職場作りに苦労されたことなど、まさに気骨に満ちあふれた人生と言って良いでしょう。そして正しいことを貫くという遺伝子が脈々と今まで受け継がれていることは実に素晴らしいことと思います。

 それにしても会社の遺伝子は確かにあると思います。私が35年間損保で勤務している中で、多くの他社損保の方の面識を頂きましたが、ある程度話をしているだけでどこの会社か見当が付くのです。これはまさに会社の遺伝子が社員一人ひとりに染みついてしまうという恐ろしい話でしょう。業界トップの自覚をもって紳士然とした雰囲気をもち言動・行動するT社の社員もいれば、虎視眈々と儲け話に感覚を研ぎ澄ます成果至上主義のY社(当時)もおりました。私が在籍したN社はよその会社からみれば、多分、お人好しの暢気な父さんに見えたかもしれません。

 経営者はある意味では、会社の遺伝子との戦いかもしれません。自分の会社の強みと弱みは長い間培われてきた遺伝子或いは社風から生じているものも多いと思います。素晴らしい遺伝子は大切にするにしても、会社発展にブレーキをかける遺伝子或いは社風をどういう形で改善しリードするかは、まさに経営者としての真価の一つではないかと思います。

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